専務の空回り
全く休みを取れなくなってから、一年くらいは経過していたと思う。
それ迄に、僕とS専務との会話の中で、
『最後に休みをとってから、どれくらい経っているの?』
『会社の状況から考えて、高木は休みなんかとれない事、解っているよね?』
という会話を時々行ってくる。
この言葉の指す通り、僕が長期的に休日をとれていないことを認識していて、その対処をする気もないということだった。
そのことへの言い訳をする意味合いで、S専務もS本部長も口を揃えて語る台詞があった。
「パチンコ店も人手不足で…」
「今はパチンコ店は大変で…」
それらが嘘で、本当は対応できるのに面倒臭がっているだけなのも、薄々わかっていた。
会社内で休日をとれていないのも僕だけで、S専務やS本部長も、休日はきちんととっていることなんかも、ある従業員を経由した話から知っていた。
それでもパチンコ店は大変で忙しく、高木の休日対応なんかはとてもできない、という話をしながら、S専務やS本部長も休みをとれていないかの様な話を臭わせてくる。
こういう会話を定期的に行ってきたもので、S専務やS本部長も、僕が休みをとっていないことは把握したし、その上でこの状況を無視していた。
職務上では多くの仕事と責任があっても、社長等の目の厳しいところにしか目を向けず、目の前の問題にしか動いていない人達である。
店舗が悪い方向へ向かうと、途端に何をしたら良いのかわからなくなり、空回りも行く処まで行くことになっていく。
話の流れからは少しそれた感じにはなる話だけど、 S本部長から『従業員(アルバイト)を多めに配置して、休みや休憩をとれ』という指示だけは、この頃に出ていた。
しかし、カラオケ店の従業員はあまりに少なく、居ても新人ばかりで、実質的には休憩なんかは全くとれない状態にあった。
遠回しには、人を増やして教育すればいいという理屈なのだが、僕には新人の募集をかけたり採用する権限などは一切ない。
S課長の意向では『カラオケ店は、人を増やせば悪いことを始める』といって、カラオケ店を運営するギリギリの人員配置にさせようとする。
実際にはギリギリなど通り過ぎて、売上さえ圧迫する程の人手不足の状態である。
新人の募集や採用関係の責任は、S本部長側に主にあり、その手続きにはS課長が関与する。
そのS課長がS本部長に『これ以上の人員はいらない』と意見しているもので、現場を殆んど見ないS本部長も、僕からの求があっても従業員を増やすことはしない。
それでいて、S課長は社長や他の従業員達に対して『S本部長は、高木に休憩や休日を全く与えず、酷すぎる』と語る。
S本部長は僕へ、出来ないものを『やれ』と言って、会社的には『カラオケ店は、高木が自分で勝手に休憩や休日をとる体制にある』という言い逃れをする要因を作って、責任から逃げているだけだった。
S課長も、嫌いなS本部長を批判するために、こういう罠を次々としかけようとする人物だった。
そこで僕がどう振り回されていても、みんな自分等の都合と解釈で、利用することしか考えない。
S専務やS本部長も、役職者として専務や本部長を名乗っていても、実はパチンコ店でやっているのは店長業務である。
社長から指示や促しのあった時だけ、他の店舗のことをするくらいのものだ。
いつも事務所に隠っていて、ホールには閉店後の僅かな時間しか出てこない。
パチンコ店の売上は、僕が社員になった辺りからずっと下がり続けている。
パチンコ業界全体に影響を受けた事柄で、スロット機の5号機問題とか、総量規制とか、宣伝への規制とか、色々とありはした。
でも、少し時期が過ぎれば、店から少なくなった利用客は、店にある程度は戻ってきた。
そういう状態にありながら、僕のいる会社のパチンコ店にだけは利用客は戻らず、それを幹部達はいつまでも景気のせいだと語り続けている。
パチンコ店の組織作りや従業員教育も上手くいかなくて、そのことでホール従業員達の不満の声は溢れ、退職者が多く、新人の従業員達も育ってこないという。
それ迄のパチンコ店は、何をやっても・やらなくても、そこそこの売上は維持できていたもので、S本部長やS専務も『やっている感』ばかり社長にアピールしてきた。
それで十何年という期間は、通用してきた。
パチンコ業界全体が悪い流れになってからは、その『やっている感』は通用しなくなり、社長はまず、自分の息子であるS専務を強く叱り始める。
急に叱られ監視されても、ずっと『やっている感』ばかりの仕事が、実のある仕事に変わることはなかった。
社長の指示により、S専務は旧店舗から新店舗への移動命令を受けるが、そこでも上手く立ち回ることはない。
その新店舗の従業員達からも、専務の身勝手さとやる気の無さを噂される。
その後、新店舗から社長の弟さんの経営している店舗(カラオケ店の隣)へと移動命令を受け、移動する。
この社長の弟さんの店舗でも、他の店舗の時と同じく、上手く立ち回ることはない。
その店舗の従業員達からも同様に、身勝手さとやる気の無さから、不満や陰口などの噂が溢れていく。
一般の従業員達の噂では、たまにホールへ出てきて、少し歩きまわって事務所へ帰っていくだけで、仕事らしい仕事は何もしていないという。
ここで書き綴っている専務の話は、あくまでも、人伝に聞いた話である。
僕の把握している状況との辻褄は合うが、全てが本当かどうか迄は解らない。
カラオケ店への言いがかり
専務が最後に移動命令を受けた店舗は、カラオケ店から駐車場とコンビニを挟んだ先にあるパチンコ店だった。
そこからカラオケへも、歩いて数分程度の場所である。
そして、以前から社長より「カラオケ店の事も見ろ」という指示を受けている為、今更ながらS専務はカラオケ店に足を運んでくる事になる。
そうして直ぐに、S専務は僕へ喧嘩腰で接してくる。
この時のS専務は、成果を上げる事に焦っていた。
パチンコ店ではやる気がないと判断され、まわりからも迷惑がられ、起死回生の機会はパチンコ店では見つからない。
その上で、僕のいるカラオケ店にやってきたのだ。
このカラオケ店で長い間やってきた作業を否定し、人手不足の為に手がまわってない状態に怒り、売上の低迷や、カラオケ店の店長になる筈だったSaとKの退職なども、全てが僕のせいだと叱る。
『高木は仕事を怠けてきたせいで…』と罵倒して否定することで、僕を黙らせ言いなりにして、カラオケ店をS専務の都合のいいように動かそうとしていた。
そのことでカラオケ店の売上を伸ばし、S専務の手柄とすることで、会社での存在意義を作ろうと足掻いていた。
ここでS専務自身が、実際にカラオケ店で動いて働いていたならば、結末も違っていたと思う。
でも実際には、役職者達がパチンコ店で都合よく使っているMという従業員を連れてきて「高木を使って、店のやり方を全部ぶっ壊して作り直せ」等と、口先で大雑把な指示をするだけだった。
この状況から、僕はいつもS専務やMと口論となり揉めていく。
あまりに理不尽な指示や命令に、その場でS専務を殴り付けて退職したい衝動に何度も駆られながら我慢し、今すぐに職場を放棄して会社を辞めてろうかという葛藤を毎日していた。
それでも僕が会社を退職しないのは、アルバイト達の理不尽な状況や立場に陥ることから守ろうと考えてきたからだ。
せめて、僕が去って会社から放ったらかしになっても、自分(アルバイト)等がやるべき仕事は何なのかを明確にして去っていきたかった。
悪意ある者ばかりに見える環境でも、まともに働いている者がいて、そういう者の働く姿を見せたかった。
正論と思える内容で強く反論して、それでもアルバイト達を守れない時には、僕はそのまま退職でいいと思っていたし、元々退職を求めていた立場にある。
いつも僕は、S専務やS本部長からは『テメェ(高木)がどうなろうと、俺の知ったことじゃねぇんだよ!』等と言われているのだから、僕もS専務やS本部長の立場や都合なんか考える必要もない理屈にもなる。
だから僕は『クビなら本望だ』と考え、S専務の暴言に対しては、敬語を止めてタメ口となり、普通の従業員なら遠慮して口にしないこともストレートに口にして反論する様にもなっていく。
S専務も、僕の人間性批判をしたり、僕の弱みと信じているアルバイト(恋心を持って依怙贔屓しているという噂)の件を突いて、僕だけではなくそのアルバイト迄もを不快にしていく。
兎に角、僕の面子を潰そうと思い付く限りの暴言を僕にぶつけてくるが、そのことでS専務の立場が優位になることはなかった。
そんなやり取りを数週間続けた末、会社の勤怠の締日を以て、S専務は会社を退職していく。