絵と猫とぐだぐだ ~髙木元就

雑記ブログです。趣味で絵を描いています。漫画やイラストなども含めて、幅広く絵の好きな人に読んで貰いたいです。

店長の退職 No.126

退職への説得

 僕の退職に関する話で、M店長と話し合った時の話から。

 僕が最初に会社へ退職を求めたのは、12月末だった。

 そこからズルズルと時期を引っ張られ、6~7月頃にカラオケ店へ移動してきて、M店長の手伝いをすることとなった。

 店の雑務は僕ばかりに押し付け、M店長もアルバイト達も、平日はいつも遊ぶばかり。

 店舗の体制を整える様子もなく、翌年もぼくがカラオケ店の居ることを前提に、仕事の話をしてくる。

 店舗の営業時間は、早番と遅番に分け、M店長と僕とで別れて仕事をするのだけど。

 週末等の忙しい時間はいつも僕に割り振り、M店長は比較的に楽な時間帯しか店舗にいない。

 閉店後まで雑務をしているのは僕だけで、その他にも、休日のプライベートな時間も、人手不足や雑用等で店に呼びつけられたりもする。

 僕は辞めることを前提にありながら、いつまでこんな風に引っ張られるのか。

 雑務をアルバイトに割り振るなり、代わりの人間を手配や募集するなり、会社やM店長が、本来やるべきことをしているとは感じ取れなかった。

 10月の初め頃、話し合いの末にM店長は「わかった。退職していいよ。」という返事をしてくれた。

 それから翌日、僕には何の話もないまま、M店長は10月一杯で退職することが決定され、S本部長からは「二人揃って仲良く退職する気か」という文句から始まって、訳もわからないまま感情的に怒られる。

 そうしてM店長はすぐに辞めていくけれど、僕はまた退職させて貰えない流れとなる。

 

 M店長の退職よりも少し前、社長とS本部長から各々、退職を考え直すようにと説得を受ける。

 どちらも、最初に僕が退職を求めた時には、何の説得や会話も無かったのに、カラオケ店に残る社員が居ないという状況になってから急に『お前の為を思って言ってやっている』という論点で、『退職を考え直して、カラオケ店の店長をやれ』と迫ってくる。

 社長とS本部長のどちらに対しても、僕はこう返答した。

『僕は絵を描く時間を確保したくて退職するのだけれど、この会社が求めてくるような拘束時間の長さには困っている。

 僕は、リーマンショック時の困っていた頃にこの会社で雇って貰い、そのことでは感謝をしている。

 だから、今は会社が困っている時であるから、体制が整うまでは退職を猶予はするけれど、退職を考え直すつもりはない。

 店長という立場になる件に関しても、今以上に仕事上の責任や拘束時間を増される状況を作られたくはない。

 だから、店長になる考えは全く無い。』 

 

 社長の返答の話から書いていくと。

 退職するまでは役職者達と同じ様に、店が余裕のある時には、アルバイト達にホールをやらせて、僕は事務所での仕事を優先させていい。

 従業員(アルバイト)達は、必要な人数よりも多く出勤させていいし(平日でも、三人体制で店をまわしなさい)、暇なときには事務所で本(仕事を向上させる為に)を読んでいいし、絵を描いたっていい。

 そういう許可を、僕は社長から貰った。

 本部長からは、こんな言葉をかけられて終わる。

「どこで仕事をしたって、結局は一緒なんだから、ここで働いていればいいだろ。」

「絵が描きたいなら、絵を描けばいいだろ。

仕事が忙しくて絵が描けないというのは、単なる甘えだ。」

 僕はどちらの説得にも応じず、退職する意識は変えなかった。

 この説得のなかで、社長が僕に対してかけた様な働き方は、S本部長とS課長の意思により、最後まで実現しないし許されもしなかった。

 人の善意に漬け込んで、利用できるうちは散々に利用して捨てる、という状況の始まりでもあった。

 

M店長との別れ

 M店長の退職の件で、僕にとっては退職が遠退き、いつになったら退職できるとの見通しもつかない。

 アルバイト達に関しては、仕事中にM店長を馬鹿にしながらも、一緒に遊んでいた仲である。
 退職日には、アルバイト達みんなが泣きながら見送り、思い出に浸っていたけれど、僕はそのお別れの場でも一人で動き回って、ホールの仕事をしていた。

 M店長が退職する時、僕に対してはこう語っていた。

「本部長に騙されてこの店に移動して来なかったなら、俺はもう少しこの会社で長く働いていた。」

 その気持ちも多少はわかるけれど、僕にはそんな気持ちに同調したり、思い出に浸っている余裕もなかった。

 M店長が退職したすぐ後には、保健所の衛生検査や、飲食店組合による厨房の消毒なんかもある。

 僕には、保健所の衛生検査のことは全く判らず、突っ込まれる要素を少しでも無くそうと、店舗が閉店した後に、厨房や設備等の清掃を必死にやっていた。

 この店舗の厨房は、居酒屋の大型店並みの広い厨房を構えていて、無駄に広いことや、清掃や設備の手入れをずっと疎かにしてきたこともある。

 それに加えて、アルバイト達は接客と客室の清掃以外の雑務を殆んどしないので、衛生検査がなかったとしても、店舗が深夜1時に閉店した以降、毎日数時間のサービス残業をしている状態にあった。

 その後での清掃作業であり、本来なら深夜の1時に帰れるものを、朝の6時過ぎに帰り、昼前の11時に出勤するというのを連日繰り返していた。

 他にも細々とした雑務や、理不尽な上司達とのやり取り上の悩みや、地元ヤクザの脅迫等、一人で抱える問題は山積みだった。

 仕事上でS本部長やS課長に助けを求めても、殆んど暴言を吐きかられるだけで、その暴言を聞いている時間の無駄に後悔するばかり。

 こういう状況を振り返って考えると、過去の従業員もそうだけど、S本部長やS課長等による店舗管理の適当さによるシワ寄せばかりだと思える。

 会社の組織作りや店舗の体制や従業員教育、そういった一般的な会社がやっていることをこの会社も同様に行っていれば、起こらない問題が多すぎる。

 

美樹との別れ

 当時に仲良くして貰っていた美樹とも、会社を辞めて2人の時間を作る約束をしていたけれど。

 そんな約束をしたとき以上に、会ったりメールしたりする時間も無くなり、いつまでも退職もせず、そんな僕に美樹は呆れていた。f:id:motonari1:20200812175529j:image

 画像は、たまたま残っていた当時のメールのひとつ。

 画像を貼付したら画質が粗くなって、文字も読めなくなってしまった。

 美樹からは「それは理解したけど…(会社からの扱いが)酷すぎん?」と返されている。

 

 仕事の関係で、僕が帰るのは早くても深夜の2時頃で、そこからメールを送り、美樹は深夜のメールに目が覚めると怒り始める。

 そうして、深夜にメールを送れなくなると、僕は美樹に連絡する機会を失った。

 カラオケ店は昼12時から深夜1時まで営業していて、M店長が退職した以降、僕はその時間の全てを拘束され、休日も与えられなかった。

 そんなことで半年くらい連絡が取れなくなってから、SNS(Twitterだったと思う)で美樹を見つける。

 しかし、美樹は既に別の男性と付き合い始めている。

 美樹は元々、身体が弱かったことで思い悩むことも多くて、僕から美樹へ連絡を取れなくなって以降(別の男性と付き合い始めてから)、精神病院に通いだし、依存性の強い精神薬を常用していた。

 そのことに気付いてから、僕は美樹に連絡を取ろうするけれど、無視やブロックなどをされてしまい、完全に縁が切れてしまった。

 

 たまに気紛れでS本部長はカラオケ店へやってきて、アルバイト達の前で僕を小馬鹿にする。

 その小馬鹿のネタのひとつで、

『お前みたいな女も作らない(作れない)奴のせいで、日本の出生率が下がっているんじゃねぇか』

 というものがあった。

 そんな小馬鹿にした言葉の数々に対して、僕もまともに言葉を返したりはしない。

 それでも僕の本音としては。

 こういう小馬鹿にした行為や、幹部達自身の目先の評価や都合で従業員を振り回していることが、会社の効率性や利益を損なっている。

 そればかりではなく、多くの従業員やその家族達までもを不幸にしていることを、当人達はどこまで判っているのか…そんなことを考えてしまう。

 

松下幸之助の本

 パチンコ店にいた頃、朝礼時にS専務から

「会社の従業員というのは、会社の意向を把握して、その意向を察した働き方をしなければいけない」

 という話を何度か聞かされていた。

 僕等の様な下っ端の従業員達が、会社の意向を知る手段というのは、S専務の考え方を理解して、S専務の気に入るような働き方をすることこそ、会社の意向を知ることなのだ、という内容の話。

 随分と後になってから、それに近いことを語っている人をメディア等で見つけるので、個人的な閃きや考えで言っている訳ではなかったようだけど。

 当時の僕には、そうどうにも受けれることができなかった。

 その話は疑しく思われがちで、でも仕事上の真実である…というニュアンスで語られていても、巷でよく聞く、在日韓国人としての身勝手さや、社長の息子としての滅茶苦茶な働き方や理屈の様にも感じていた。

 だから、S専務をはじめとする上司達の話を聞いても、会社や社長の意向をそのまま語っているものとしては、頭に入れられずにいた。

 僕の様な下っ端の従業員は、社長と直接的なやり取りを禁じられているので、余計に社長の意向を知る機会はない。

 

 時期としては、僕がカラオケ店にやってきた頃、M店長との雑談のなかで、社長は松下電気の創設者である松下幸之助という人物が好きで、松下幸之助の本をよく読んでいることを聞いた。

 そこでようやく、僕は松下幸之助の本を何冊か取り寄せ、少しずつ読み勧めていった。

 最初に読んだのは、下にリンクを貼ったこの本からだった。

道をひらく

道をひらく

 

 カラオケ店に移動してから、はじめて社長と会話をした時に、「店舗が暇なときに、本を読んだり絵を描いたりしてもいい」という言葉をかけて貰っていた。

 それでも僕には、本を読む余裕なんかは全く取れず・与えられず、いつも寝る前の数十分を読書に宛てるだけだった。

 この本には、会社や社長の意向が書かれている訳ではないけれど、社長の理想としている会社のあり方はチラホラと書かれている。

 パチンコ店に居た時、S本部長の机の上には本が幾つも並べられていて、松下幸之助の本も確かにあった。

 本の内容と、会社の在り方や幹部達の考え方の違いを知ると、突っ込みを入れたくなる処があまりに多かった。

 社長の手前、読んでいる振りをしていたのか。

 読んではいても性格的に考えが合わず、本からは何も学んでいないのか。

 そういう本や社長の理想と、会社の在り方の違いを知ったことも、今ではよい経験になったと思う。