絵と猫とぐだぐだ ~髙木元就

雑記ブログです。趣味で絵を描いています。漫画やイラストなども含めて、幅広く絵の好きな人に読んで貰いたいです。

大学事務への求め No.100

 

 2度目の芸大入試を終えた後、僕はこれ迄の件で大学事務へ話をしに行った。

 僕は1~3年生までの間で、多くのトラブルに見舞われていた。

 そのことを、大学事務の偉い立場にある人も多少は知っている訳である。

 そのことで、これから何等かの対応はして貰えないのか、して貰えないのであれば、この足で大学を相手に裁判を起こす準備を始める、と伝えた。

 僕の言葉に、対応していた事務員は「君の状況がよい方向に向かうよう、必ず対処する。」という約束を最初にしながら、この件ですぐに話をする事となった。

 僕は大学の組織的なものは全く解らないのだが、これからの対処で大学事務は動くけれど、それでも日本画の教員達が善処する行動を起こさない場合には、この大学を運営している大学よりも上の組織がでてくることになる、という説明も受けた。

 その組織名も覚えては居るけれど、通っていた大学名を伏せているのと同様に、こちらも名前は上げない考えでいる。

 ここで僕の話の対応をしている事務員も、それなりの立場で事務所を仕切っている2人の人物だった。

 役職名までは、当時の僕も聞かなかったので判らない。

 

 最初に、事務所の奥の方からある封筒を持ってきて「もしかして、これは君のことかな?」と渡される。

 その封筒には差出人の住所はない。
 しかし、文字は母の字そのもので、消印も北海道旭川市(僕の出身地)のものだ。

 その封筒のなかの手紙には、母が匿名で僕のことについて書いている。

 『盗難被害にあった生徒がいて、大学の教員側で証拠もない生徒を庇うまでのことは理解できます。
 しかし、繰り返し起こっている盗難で、被害を受けている生徒ばかりに苦痛を強いて、加害者ばかりを庇い、その対処は過保護になり過ぎていないでしょうか?』

そんな内容で、僕が母へ喧嘩しながら話していた盗難被害に関する内容と、その対応の善処を求めているものだった。

 

 この手紙を貰った当時の大学事務は、日本画の教員達にこの手紙を読ませた。
 そして、この手紙に当てはまる生徒や事柄はないか聞いたのだが、それらしき生徒や事柄も全く思い当たらないという返答だった。

 そうしてこの手紙の件は、僕が大学事務へ話を切り出すまで保留となっていた。

 

 それから、僕はこれ迄の経緯を説明しようとする。
 しかし、事務員は僕の話を殆ど理解してもらえない。

 起こった事柄の根底に、絵画の専門的な話が絡んでいるからだ。

 画学生の立場であれば、すぐに暴言や嘘と判るような内容でも、絵画のことを理解していない事務員は、その時点で「わからない」と理解するのを諦めてしまう。

 僕自身も、説明が下手であったり要領の悪さから、伝えようにも伝えられない要素は多かった。

 何とか伝えようと、日本画と洋画の基礎の違いや、日本画教員の語っていることと生徒にやらせていることの矛盾など、噛み砕いて説明しようとすればするほどに、深みへ嵌まっていった。 

 

 専門的なことが絡んだ内容である為に、事務員と僕とでの話は断念し、洋画や彫刻やデザイン等の教員の誰かと僕を会話させるとした。

 その教員は、次の年の学生生活部長となる彫刻のK先生となった。

 僕とK先生(彫刻)とで会話した後、K先生(彫刻)を中立の立場でおき、日本画の教員と僕とで会話をする段取りが決められた。

 その際、その会話をする日本画の教員は、どの教員にするのかを訪ねられた。

 僕の主張としては、非常勤の立場等も関係なく、日本画の教員全員と話をすることを求めた。

 日本画の教員全てと会話するとなると、調整に時間はかかるという返答を事務員から貰う。

 僕としては、時間はかかってもいいが、どうしても教員達の都合がつかないとなった場合、誰か彼かが欠席することになっても、K先生(男子)だけは外さないように頼んだ。

 K先生(日本画・男子)は4年生の担当教員であることと、僕に対して大学(日本画校舎)への出入りを禁じた人物。

 そういう兼ね合いからも、4年次の課題制作に関しては、一番影響を与えてくる教員でもあるからだ。


 話し合いの日時は、後日改めて大学事務から連絡するということになった。

 それから暫くして連絡はきた。
 電話がきた時期のことは覚えていないのだが、話し合いをする時期は新学期が始まって少し経過した頃になった。

 僕は大学事務対して、
「え、話し合いの時期はそんなに先になるんですか?僕は今現在の困っているんですよ?」
という発言をしていたことは覚えている。

 僕が4年生に進級できるかどうかさえ解らない状況で、そこも踏まえた話をしたかった。

 それでも、日本画の教員たち全員が参加する事や、第3者として間に入る先生の都合を踏まえると、その日のその時間しか都合はつけられないと大学事務はいう。

 その話し合いの日時に関して、日本画の教員たちが全員参加するのであれば仕方ない、とその日時で話を飲むことにした。

 僕自身も、年度末で大学組織が忙しいであろう時期に話を切り出した状況もある、と考えて納得しようともしていた。