絵と猫とぐだぐだ ~髙木元就

雑記ブログです。趣味で絵を描いています。漫画やイラストなども含めて、幅広く絵の好きな人に読んで貰いたいです。

同じことの繰返し1 No.83

 裸婦の課題を終えて、いつもの課題に切り替わってからの話。

 結論的な話を書いておくと、3年生になってから始まった自由課題を契機に、僕はある先生から「他の生徒の迷惑だから、もう学校には来るな」と怒鳴られる。

 そうして僕も、大学でのアトリエ(教室)は利用しなくなり、それ以降、僕の課題の制作場所は与えられなくなる。

 今回から何回かの投稿は、その経過をダラダラと書いていく流れだ。

 

A先生(男子)

 その自由課題が始まる前、A先生(男子)からは「課題は家でやらずに学校で制作しなさい」という言葉をかけられる。

 それ迄の僕の盗難問題の話を、A先生(男子)は知っていたかどうかは判らないのだが。

 これからの課題の制作中で何かトラブルが起こった時には、その都度報告して対応して貰う前提で、僕はその指事に従った。

 僕自身も、画材を盗まれないように気を付けていたもので、この課題での盗難はなかったが、制作中へ課題へのイタズラ書き等は何度か行われていた。

 そのことで、僕は研究室で何度もA先生(男子)との会話を求めるが、A先生(男子)はいつも「今はいない」と言われて追い返されるばかりで、僕の呼び掛けに応えてくれることはなかった。

 それを僕は、たまたまだと考えていた…正しくは、そう思いたかった。

 

 3年生になってからの担当教員は、A先生(男子)である。

 下図相談などで研究室(日本画の職員室)へ行き、A先生(男子)を何度も訪ねるが、A先生(男子)はいないと言って、いつもS先生が僕の対応をしようとする。

 それでいて、他の生徒達はA先生(男子)からの対応をきちんとして貰っている。

 S先生に関しては、2年次の終わり頃から、『これまで説明の不足していた課題についての説明を行う』という約束を僕と交わしていて、僕はそれを直ぐに行ってくださいと求めていた。

 でも、S先生は「講評会で必ず説明する」「説明の準備はしてある」「今度こそ、俺を信じてくれ」等と話すばかり。

 それでいて、僕の課題に対して「絵具の厚みがないから、これではダメだ」といった内容の指摘等をしてくる。

 僕としては、そういう話よりも先に、課題の内容(制作する上であるというルール)を説明するべきだと求める。

 しかし、いつまでもはぐらかされる為、S先生から課題への指示を受けても、時間をおいて再びA先生(男子)を訪ねる行為を続けていた。

 それでも生徒のなかで僕だけが、A先生(男子)と顔を合わすことさえ出来ない。

 A先生(男子)がいないということで、研究室(日本画の職員室)の入り口で、S先生は僕の課題への指示をしてくるのだが。

 その最中に研究室の奥から、A先生(男子)が通過していったりもする。

 そういう場面を何度か繰り返したことで、僕はS先生に対して

「やっぱり、いつも嘘しか教えてこねぇんじゃねぇかよ!」 

「自由課題も、本当はS先生の言っているような決まりごとなんか、何もないんじゃないですか?」

 といった言葉をかけていた。

 

 時系列的な話からは、少し飛んでしまうのだが。

 3年生の前期で、幾つかの課題が進んだ頃。

 僕はいつもの様に研究室で「A先生(男子)に絵を見て貰いたいのですが、A先生(男子)はいますか?」とA先生(男子)の対応を求める。

 それでもS先生がやってきて、僕の課題を覗きながら

「A先生(男子)はいない。

その課題については、何度も俺が対応したじゃないか。

 何度も何度もしつこい!」

 と面倒臭がりながら、僕に文句をつけてくる。

 僕はS先生ではなく、A先生(男子)と課題についての話をしたい、と求める。

 僕の語る話なんかは無視されながら、S先生は僕の絵の批判を始める。

 その最中、A先生(男子)はどこかへ行く用事があり、研究所(日本画の職員室)の奥から出てきて、僕に話しかけてくる。

 「君はいつもいつも、言っていることが細かい。

描きたい絵があるなら、それを描けばいいんだよ。

それをこうやって何度も研究室にきて、いつも文句ばかりつけてくるものだから、俺もなに言われるかわからなくて、話をすることができないんだよ。」

 そう言って、そこからの僕の話しかけには耳を傾けず、無視して去っていく。

 この時のA先生(男子)の言葉から察しても、僕とS先生とでしていた話と、A先生(男子)から僕へかけた話は噛み合っていないように思える。

 僕がA先生(男子)に課題の相談を持ちかけても、それまでずっと会えなかったことには、S先生の考えばかりではなく、A先生(男子)自身の意思や意図もあったのだと知った。

 もっと言うと、僕の話はS先生の都合の良いように作り替えられ、A先生(男子)に伝えられているのではないか…という考えも過る。

 そうは思っても、その食い違っている部分についての会話をする場面は、これから先の学生生活のなかには起こらない様にも思えていた。

 

 このことを契機として、僕はA先生(男子)に絵を見て貰おうとする考えを棄てた。

 いつも、僕がA先生(男子)の対応を求めながら会うことさえ出来ないのは、A先生(男子)が僕を避けているからなのだ。

 それとなく判っていたことだけれど、この時は、A先生(男子)自身で僕の対応をしたくないと直接語ってきたのだから、それを受け止めることにした。

 思い返せば、僕はA先生(男子)に担当教員としての対応を求めるのと同じ様なことを、一年次にK先生(女子)へ行っていた。

 あの時も、K先生(女子)は僕の求めに一度も対応して貰えなかった。

 それだけではなく、S先生やA先生(女子)を通して、K先生(女子)が僕を嫌い怒っていることや、対応を拒否していることを伝えてきていた。

 今回の件では、A先生(男子)から僕へ直接「お前の対応はしたくない」という内容のことを言ってきたのだから、まだ少しマシなのかもしれない。

 ここからは、僕からA先生(男子)に話しかけることはしなくなった。

 そのことで後にも先にも、制作した課題に対して、A先生(男子)から批評を受ける場面はなくなった。

 これ以降の下図相談等も、担当教員のA先生(男子)は全く対応して貰えない為、僕はどの教員にも下図相談をせずに、勝手に課題の制作を進めていくことになる。

 

 このブログで、この先の展開を書いていく際。

 まだ暫くは、A先生(男子)に絵を見て貰おうとしている時期が続く。

 それ等のことを、時系列通りに書き綴っていっても良いのだけれど。

 これから先も長く続く話を、多少でもまとめる意味合いから、ここでこの話を書いて締め括ることにした。