絵と猫とぐだぐだ ~髙木元就

雑記ブログです。趣味で絵を描いています。漫画やイラストなども含めて、幅広く絵の好きな人に読んで貰いたいです。

裸婦の日本画制作1 No.68

制作に対する指示

 裸婦の日本画制作は、それまでに制作した着色写生やデッサンを見ながら制作する。

 

 この時の下図相談も、見て貰うのはS先生だった。

 僕自体は、それ迄のS先生とのやり取りなど全く意識せず、それ迄通りというか、臆せず堂々と話しかけるように意識した。

 S先生自体も、特に変化は見られなかったのだが。

 後にして思えば、その場面にはたまたま他の教員達もいた為、S先生側もそうせざる負えなかったのかもしれない。

 

 裸婦の日本画制作では、以下の内容でやるという話にまとまった。

・いつもより絵具を塗り重ねる回数を増やす(S先生の指示)。
・デッサンや着色写生時の様な、メリハリを意識した色調にはせず、モデルさんが本来持っている肌の色を描く(S先生の指示)。

・この時の制作では、厚塗りや盛り上げといったS先生がやらせたがっている絵具の使い方はせず、戦前の日本画の様な、絵具の塗り重ねた層は薄いものにする(この場面でK先生(男子)から許可を得た)。

・絵具は、同じ色を延々と塗り重ねるつもりでいて、教員達が好むような濁った色合いは作らない。

・本画制作では、大学で買わされる麻紙は使わず、雲肌麻紙という和紙を自分で取り寄せて描く。

 

 作品自体の画像もなく、理屈ばかりを語っても、読んでいる側はイメージも持てずに判らないと思う。

 当時の作品を見せて説明したい気持ちはあるのだが、その作品も今では廃棄している(自分で納得していなかった)為、ここで見せることも出来ない。

 ただ、昨年末に描いていたアクリル画が、当時の絵と似通った色調を出しているので、ここで参考までに貼りつけておく。f:id:motonari1:20200130172354j:image

アクリル画『姉妹』

 着衣と裸婦の違い等はあったりけれど。

 ボヤけた色のなかから、実体が浮かび上がるような色合いを、僕は当時も今も好んでしまう。

 デッサン的な腕は落ちていているけど。

 絵の好みや考え方みたいなものは、当時からあまり進歩してないなぁ~等と、この絵を描きながら思っていた。

 そして、当時はこういう絵を、自分が納得いく処まで描き込みたいと考えるのだが。

 こういう絵の制作過程を教員達へ見せると『抽象画』とか『手抜きの絵』とか『盛り上げや厚塗りをしていない』等と言われ、制作の方向転換を強要されていた。

 

 この時の課題制作でも、途中経過をS先生に見せ、口論の様な流れとなる。

 下図相談の段階で、僕は絵具の厚みを持たせた絵にするつもりはないと語っていた。

 事前に使うと許可を貰った紙も、「雲肌麻紙」というもので、S先生のいう盛り上げや厚塗りには向かない紙である。

 その上で本画制作を進めていたのに、また「厚塗りや盛り上げとかをしてないからダメ」と言ってくる。


「ここまでやらせておいて、今頃になってから何故そんなことを言ってくるのか、理解できません。」

S先生
「一度駄目と言ったら駄目。
お前は、俺の話を理解できないとか納得行かないとかよく言うけどな、お前が何を考えてどう思おうが、そんなことはどうでもいいんだ。
この課題は、元々盛り上げや厚塗りを行う課題で、そうしないといけない課題なんだ。
お前がやりたいと思っている絵は、大学を卒業してから好きなだけやればいい」


「元々そういう課題だったなら、最初に配った課題の出題内容を書いた紙に、なぜそう書かれていないんですか?
今迄に貰った課題の出題内容の紙にも、そんな事が書かれていたことは1度もないじゃないですか。
下図相談の時にも、僕は薄い麻紙に絵を描くと言っていたのだから、その時になぜそう言ってくれなかったんですか?」

S先生
「黙って言われたことだけやれぇ(怒鳴る)‼
お前みたいに、こんな薄っぺらい絵を描いてる生徒なんか、この大学には何処にもいないだろ。
課題のことは、今までの指導のなかできちんと教えてきた。
いつもお前だけが解らないのは、お前が俺達の話を全然聞いて来なかったからだ。」


「じゃあ、今から改めて質問をするので、課題の出題内容について教えてくれますか?」

S先生
「一度教えたことを、改めて教えるつもりはない。
どうしても教わりたいなら、ToやS(男子生徒)やTa達に頭を下げて、その上であいつ等に教われ。」


「…そういうことですか、判りました。」

 本画制作でかけられた言葉はこんなもので、僕はその指示には従わなかった。

 

 この時の課題制作時間だけは、かなりの時間をかけている。

 早く終わらせて、自分の為の絵を描かなければ…いつもそう考えてはいるものの、課題の絵はいつまでも、納得のいくような進展はしていかない。

 その原因は、絵を描きながら、色んな考えを廻らせてしまうせいなのだろう、と自分は考えていた。

 この頃は、いつもイライラしていた。

 胃がキリキリと痛み、これから先の学生生活に不安ばかり持ち、それでも自分は正しい方向を判断して向かっているつもりだった。

 苦しい思いを自覚しているとき程、「そんな悪意に屈するつもりはない」という気持ちを強めていた。

 そういう時ほど、例えば、S先生からかけられていた言葉『そうやって頑張ろうとするのが良くない』という批判等が、頭のなかでこだまし、僕はその言葉を否定してイライラをより募らせる。

 色について、それまで積み重ねた経験から、僕はそこまで苦労をしなくても、思うような色を出せる筈なのに、この時もそれが出来ないでいた。

 K先生(男子)が実際によく言っていた言葉で、

『この色でもない、あの色でもない、そやをな風に迷いながら塗っていくことで、色を作っていくことが大事だ』

 というものもある。

 それ迄の僕は、迷わずに出したい色を出せていた。

 教員達の描かせたい絵の濁った発色であっても、僕は意図してその濁りや発色を出せていたし、そういうことはいつでも出来るという自信も持っていた。

 でも、それが出来ない今だからこそ、K先生(男子)のいう描き方をやるべきなのだろう…そういう考え方も持とうとはするのだが。

 それ迄に、S先生やA先生(女子)やI先生から受けてきた悪意ある言葉の数々が頭にこだまし、K先生(男子)の語っていた描き方を、感情も理屈も体も拒否してしまう。

 絵から離れ、夜に何気なく見る夢のなかでも、同期生や教員達からボウコウを受けたり、いのちを奪われる夢であったり、実家にいる母がクビをくくっている、そんな夢ばかりを見てしまう。

 たまに見る良い夢もあった。

 高校の頃に平田先生に可愛がって貰っていた時の場面や、浪人していた頃に、もっと良い絵を描こうと必死に足掻いていたけれど、充実していた時の場面など。

 そういう夢から覚め、今日も絵を頑張ろうと考えるのだが…今の自分は大学生で、さっきまでは夢を見ていたことを把握してくると、やはり気持ちは沈んでしまう。

 今思い返しても、そんな環境下で良い絵なんか描けないと考えている。

 そんななかで、当時の僕はよくやっていたと思う。