絵と猫とぐだぐだ ~髙木元就

雑記ブログです。趣味で絵を描いています。漫画やイラストなども含めて、幅広く絵の好きな人に読んで貰いたいです。

日本画制作の為の裸婦デッサン9 No.65

辻褄合わせの行動

 裸婦の写生の為に教室に行き、自分の制作場所に座る。
 教室内では、昨日に起こった問題を同級生達はヒソヒソと噂している。

 これくらいの声なら聞こえないだろう、という意識もあるのだろうが。

 僕はこれまでずっと、何を言われても知らない振りをして、自分のことだけに集中しようと心がけてきた。

 だから、僕には聞こえていないだろうと思って話していても、結構聞こえている上で、相手にしてこなかったのである。


 いつもなら、まわりの噂話などどうでも良かったのだが、この時のこの会話だけ、僕はどうしても耳を傾けてしまう。

 それはYが、それまであまり会話をしていなかった女子生徒達に対して、自分はこの件に関係ないというアピールをしているもの。
「あの時に俺はToのすぐ隣にいて、メチャクチャびっくりした」等と語り、何人もの生徒達に話回っている

 このYも僕が注意する少し前には、友人であるS(男子生徒)に対して「ここからは、あの女(モデルさん)の性器が見えるんだ」等と語り、大笑いしていた。

 僕がYとToに注意をする瞬間まで、YはToと一緒になって「高木は頭はおかしい」「高木は屑だ」等と語り合っていた。

 それから僕が注意を始めると、Toは知らない振りをして怒鳴り始め、Yは逃げて、小さくなって黙っていた。

 あれから一晩経つと、Yだけではなく殆どの同級生達(名前は殆ど忘れた)は、自分達のやってきたことを隠し、全てが僕とToだけの問題だと語り、誤魔化していこうとする。


 そんな流れのなかで、Taは教室内で腕立て伏せ等を始め、
「Toくんのことは、俺が守る」
 等と言って、僕が悪い存在であることや、Toとの友情や正義のようなものをアピールしている。

 それから、裸婦のモデルさんの休憩時間中、何を考えてかはわからないが、Toは僕の近くをわざとウロウロしてくる。
(僕の考えでは、また揉め事を起こさせ、自分は悪くないことをまわりに見せたり、Ta等に助けてもらう算段での挑発ではないかと思っている)

 そこでTaはToに対して、離れた距離からわざとらしい小声の様な、それでいて普通の声量で話しかける。

Ta
「Toくん、30秒以内にそこから離れないと、また暴れだすから危険だよ」

Toは「30秒なら余裕だよ」と返事をして、時計を見ながら30秒を計り、その時間一杯まで僕の近くをウロウロして「ほら間に合った」等と語り合っている。

 その会話も、僕には全部聞こえていたし、近くにいた同級生達も、新しい揉め事が始まる予感を持って、その迄の雑談がピタリと止まっていた。

 勿論、僕はそんな彼等の相手などしない。

 このわざとらしいやり取りを見て、ToやTaを疑いの眼で見て語る生徒も居た。

 TaやS(男子生徒)に関しては、教員達から雑用を頼まれたり買って出る行為があったり、絵の描き方を同級生達へ教えたり、勝ち気な性格やお節介だったりで、同級生達側はTaやS(男子生徒)を遠ざけることは出来ない。

 でもToに関しては、接し方に躊躇する者は、目に見えて何人かいた。

 そのことについて、Toは考え過ぎる様になり、後日、僕に対して筋違いの手紙を渡してくる。

 記憶から書き起こしているもので、そのままの文面ではないだろうが、こんな内容のものだった。

『高木は無茶苦茶自尊心が強くて、他人の気持ちや痛みとかもわからなくて、元々、誰とも交遊関係や繋がりを持とうとしない、一人が好きな人間なのだよな。

俺(To)にとっては、同級生達との繋がりは大切で、誰からも相手にされずに、みんなに馬鹿にされながら生きていくことはできない。

 でもあの時の一件から、まわりの生徒達は俺(To)を避けるようになって、毎日が理不尽で苦しい思いをするようになった。

高木は、一年以上も前の俺の何気ない言葉を根に持ち、あるいは勘違いして、こうして復讐をしてきた訳だけど。

俺は十分に苦しんだのだから、もうそんな昔のことは忘れてくれ。

俺はまだ、この大学で学ばなければならないことはあるし、こんなところで大学を辞めたりシんだりもしたくない。

高木もいい加減に、誰かを逆恨みして、陥れたり復讐したりすることばかり考えて、無駄な時間を過ごすのは止めにしたほうがいい。

この大学へ入学してきた時には、高木だって頑張ろうという気持ちを持っていたのだろ?

その時の気持ちを思い出して、もう一度、この大学で絵を頑張れよ!

同級生達のなかには、高木の絵が好きだと言っている奴もいるんだぞ。』

 その手紙の内容に対して、やはり僕は腹を立て、すぐにクシャクシャにしてゴミ箱へ捨てる。

 でも、後でこの手紙自体が何等かの意味を持つかもしれないと考え、その手紙はゴミ箱から拾いなおした。

 

 この日に限った出来事ではないけれど。

 何人かの同級生が、僕に話しかけようとしてくる。

 男性はGだけで、女性に関しては3人ほど、直接声をかけてきたのを覚えている。

 この日の午前中にも、S(女子生徒)という入学した当初によく会話していた人物から「高木くん、おはよう」と、声をかけられる。

 それを見かけたS(男子生徒)は、急いでS(女子生徒)へ走り寄り、「高木に話しかけちゃダメだ!先生達からも、高木に関わっちゃダメだと言われているんだ。」と説明する。

 それ以降にも、S(女子生徒)を含めた何人かの同級生達は、僕へ話しかけてくる。

 その話しかけに対して、僕は「また面倒臭いことになるから、僕には話しかけてこない方がいいよ」等と言って、会話を打ち切る。

 この僕の返答が適切ではないことも、自分では判ってはいる。

 でも、僕は頭が悪いから、これ以外よい返答や対応等は思い付かなかった。

 

 集団心理というものなのか。

 僕への悪ふざけを一年半以上も続けてきた生徒達が、それ迄に僕へしてきたことを否定する。

 そして、高木が突然おかしなことを始めただけで、俺達(悪ふざけをしてきた同級生達)に悪いところは全くないと主張していく。

 その主張は明らかに矛盾だらけで、最初はあまりに不自然なのだが。

 そういうことでも数週間~数ヶ月と繰返し、教員達も彼等と友好的に接していくことで、疑っていた生徒達も、悪ふざけをしてきた生徒達の嘘の主張を疑わなくなり、関係は修復する。

 それからまた、悪ふざけは再開する。

 

 『嘘もつき続ければ、それは真実になる』

 そんな言葉を、ナチスヒトラーも語っていたもので、人の集団的な動向とは、そういうものなのかもしれない。

 ただ、芸術や美術を学び・志す者にとっては、そこは「それではいけないのではないか」と考えたり、語るべき処だと、僕は思っている。

 デッサンの基礎訓練に於いては、モチーフをしっかり捉えようと見詰め、主観的な狂いや、錯視現象に惑わされて見ていないか、そういう自分の見えたものに疑いを持ちながら、描き方の訓練する。

 それは、絵を描く為にやっていることだけど、絵以外に対しても、そういう考え方を持って見ようとする訓練でもある。

 そういう考え方を、このアトリエ(教室)では誰も持っていなかった。

 みんな自分の都合のいいように、物事を歪めて見ようとする。

 僕がここで書いていることと、絵とは関係のない話だ、等という人も多いだろう。

 しかし、こういう話は、洋画や彫刻関係の人達と話をしていると、無関係ではないという話をたまに耳にする。

 これは、僕や僕に絵を教えたごく一部の人だけの考え方ではない。
 それでも、少なくともこの美術大学日本画教育では、そういう考え方は否定する方針にあった。