絵と猫とぐだぐだ

雑記ブログです。趣味で絵を描いています。漫画やイラストなども含めて、幅広く絵の好きな人に読んで貰いたいです。

1年生の後半。没骨法と鉤勒法と朦朧体 No.42

 1年生の後半は、提出物に苦しんでいた。

 

 僕は課題を1枚ずつ丁寧にやろうとして、時間をかけすぎてしまう。

 同じ絵であっても、デッサン力の応用を中心とした様な、ある程度のやりなれた制作と割りきれば、時間の短縮は出来る。

 しかし、僕はそういうやり方を極力避け、持ち合わせていない技術を身に付けたり、それまで以上の丁寧さや技術力の向上を計ることばかりしている。

 自分のなかでの新しい発想や技術を模索し、創っていくというのは、時間や労力もかかって当然だ。

 それと、僕が学んできた洋画の基礎の考えのなかには、モチーフを面や色として捉え、描いていく傾向にあった。

 僕自身、高校生くらいまでは、漫画的に線や輪郭線でモチーフを捉え、描いてきた。

 それから主には浪人生になってから、絵画の基礎を学び、面でモチーフを捉える描きかたに移行していく。

 人によっては矛盾して感じ取ってしまうかも知るないが、デッサン等も線で描いていても、捉えている意識や感覚は線だったりする。

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 ↑良いデッサンではないけれど、手元に有るなかで、他に適当なものが見付からなかった。

 

没骨法と鉤勒法

 大学では教えて貰えなかった話ではあるけれど、日本画を描くやり方には、没骨法(もっこつほう)と鉤勒法(こうろくほう)とで分けた考え方もある。

 大学で教えている日本画は鉤勒法であり、輪郭線を描き、それから色を塗っていく線で捉えた描きかたとなる。

 逆に、鉤勒法は線ではなく、形の塊や色から塗るもので、面で捉えた描きかたとなる。

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寺崎広業 竹内栖鳳 竹雀 双幅 | 古美術瀬戸

 大学で一律的に教えているのは鉤勒法であり、洋画の基礎としてやってきた面で捉える描きかたとは、感覚的に噛み合わないでいる。

 それを、僕は自分のなかでどう噛み合わせたり、共存させようものかと苦労している経緯もあった。

 それを僕が教員達や同級生達に話したところで、誰も理解しては貰えず、教員達からは「高木はものすごくマイペースだ」等といっては、遠回しに批判したり課題の制作ペースを急かされたりしていた。

 そんな状況だから、大学の教員達の教えようとしていることには耳を傾けつつ、自分でも色々と情報収集する考えは強くなっていった。

 

朦朧体

 僕は1年生の後半から、没骨法日本画を描こうと努力していた。

 もっと細かな話をすると、浪人時代に消具類を使わずにデッサンを始めたことや、クロスハッチングを始めていたことも、 没骨法を意識したものだった。

 一度、墨や絵具を紙に塗ってしまうと、そこの墨や絵具は消せなくなってしまう。

 それでも、自信を持って墨や絵具を紙に塗っていける技術や経験を積もうという考えが、クロスハッチングというものに行き着いた。

 その当時は、クロスハッチングという技法や技法名も知らず、僕が編み出した独自の技だとさえ思っていた。

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 クロスハッチングを多用したデッサンを多くやり、デッサンで使う鉛筆もボールペンへと変わっていった。

 モチーフを線で捉えて描くというのは、モチーフのアウトラインや背景との境界線をなぞっている行為である。

 これも細かな話ではあるが、そもそもモチーフには、アウトラインや線の境界線など無いのだ。

 モチーフのアウトラインや線に見えるものは、曲線の回り込みで面が密集したものや、背景とモチーフの境界線がそう見せているのである。

 僕のクロスハッチングの線には、そういった考えも盛り込まれている。

 とはいっても、僕は鉤勒法を否定するつもりはないし、鉤勒法や線については、それはそれで別にしっかり学びたいとは思っていた。

(日本画の線について、一番しっかりした考えを持っていたのはK先生(女子)ではあった。

しかし、そのK先生(女子)は僕を嫌い避けているとのことで、大学で線について学ぶことは諦めていた。)

 

 そうして、線から離れた考えで絵を描いていくと、いつの頃からか、色や形のボケた様な絵が出来上がってくる様になっていった。

 この話は、時系列で言えば主に2~3年生の辺りで困り、悩んでいたことではある。

 ここで書いていくには脱線した内容になるのだけど、2~3年次ね話ではこの話には触れないと思うので、ここで書いておこうと思う。

 たまたま何かの本で読んだ話では~

 西洋絵画の印象派の画家は、光や色を追っていくことで、描いたものの形や色が光のなかに溶け込んでしまい、色のボケた絵を描き、そのことに悩んだ者が非常に多いそうだ。

 その話を読んで、僕が色のボケた絵を描いてしまうことに酷似している様に思えていた。

 そんな話を知ったのと同じくらいの時期、朦朧体の話を知る。

 

以下、Wikipediaから引用

概要編集
岡倉覚三(天心)の指導の下、横山大観菱田春草等によって試みられた没線描法である。洋画の外光派に影響され、東洋画の伝統的な線描技法を用いず、色彩の濃淡によって形態や構図、空気や光を表した。絵の具をつけず水で濡らしただけの水刷毛を用いて画絹を湿らせ、そこに絵の具を置き、空刷毛で広げる技法、すべての絵の具に胡粉を混ぜて使う技法、東洋画の伝統である余白を残さず、画絹を色彩で埋め尽くす手法などが用いられた[1]。

 朦朧体 - Wikipedia

 この朦朧体の試みは、岡倉天心から横山大観菱田春草等に対して「木漏れ日のようなものを、日本画で表現できないだろうか」といった内容の話を持ち掛け、始まったものだった。

 この朦朧体の言葉もマスコミ関係が、色のボケた横山大観菱田春草等の絵への批判を込めて作った言葉だという。

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横山大観 「菜の葉」

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この朦朧体(もうろうたい)という日本画での言葉を知ったのは、大学3年生の辺りだと思う。

 僕が、1年生の後半から描いてしまう色のボケた絵であるけれど。

 特に2年次に、そんな絵を描いてしまっては、S先生から「手抜きをしている」といった内容で怒られていた。

 西洋の印象派の話や朦朧体の知った以降、どうしても考えてしまうことがある。

 この大学の教員達は、戦前の日本画を学ぼうとしたり、僕のような作画の苦労をした経験もないのだろう。

 だから、僕が日本画らしい勉強をしていても、それが全く理解できないのだ。

 大学の日本画教員でありながら、日本画について不勉強だから(力がないから)、まともな助言や協力もできず、放ってもおけず、否定し怒り叱りつけることしか出来ないのだ。

 僕側ももっと早い時期に、こんな人達の胡散臭い話に見切りをつけて、指示や指摘や命令も適当に聞き流していたなら、これ迄より遥かに良い勉強や成果に向かっていただろう。

 S先生やA先生(女子)の話が胡散臭く、教員として力がないことも、1年の半ばあたりでは薄々と気付いていたじゃないか…そんな後悔を、後々にしていくことににる。

 

 最初の話に戻す

 学年の前半での課題で、僕はそれぞれに時間と労力をかけすぎていた。

 そんな状態にあったから、学年の後半では、未完成の課題が幾つも溜まっていた。

 夏休みの宿題さえ、一部は年末年始まで終わらず、溜まった課題は仕方なく、やっつけで制作を終わらせていくことになった。 

 世間一般的な話で、大学生は多くの時間を持て余していると言われているが、僕に限ってはそんなことは無かった。

 こういう僕のことを、要領が悪いというのだろう。