絵と猫とぐだぐだ ~髙木元就

雑記ブログです。趣味で絵を描いています。漫画やイラストなども含めて、幅広く絵の好きな人に読んで貰いたいです。

美大での人間関係3 No.24・25(統合しました)

孤立へ

 Toの件で、同級生間での僕への「惨めだ」とか「まぐれで大学へ受かった奴」といった批判は連日盛り上がっていた。

 といっても、そういうことを語って盛り上がっているのは男子生徒ばかりだと見受けられる(僕の主観かもしれないが)。

 大学の男女の割合は、例年だと女子が多くを占めるのだが、僕の学年だけは男女が半々であった。

 そういう背景もあって、それまで親しくしてくれたGやSとも、僕の傍にはいない方が良いと考える。

 そう考える要素は、他にも幾つかはある。

 竹籠と野菜の静物画の課題前後から、僕は盗難にも困っていた。

 この盗難は、同級生達が僕個人へ嫌がらせをする意味合いを持っていたのではないだろうか。

 ある課題。

 授業内で金箔を使うので、各自で金箔を用意するように指示を受けたとき。

 僕は電車を乗り継ぎ、片道数時間をかけて金箔を買って用意したのだが。

 授業内で教員達の説明を聞いている内に、僕の座席に置いていた金箔は紛失し、作業が出来なくなる。

 僕はその紛失のことは口にしないでいた。

 その後、僕に話しかけてきたGも何気なく僕の机の上に金箔を置いて、僕と一緒に行動していたが、その金箔も紛失する。

 後日、僕は改めて金箔を購入し、授業に持っていくが、その金箔もその日の内に紛失する。

 そうして、金箔を使う課題は、大学で制作することを諦めた。

 そんなことが起こって、頭難問題に限らず、Gは僕の受ける嫌がらせの巻き沿いになっているのだと考え始める。

 金箔の件より前でも、僕の筆や絵具は紛失し、複数のある生徒の持ち物から出てきて(漆塗りの筆に関しては、僕しか使っていなかったもので判断できた)、何度か口論にもなっていた。

 

 絵についての話では、Gも僕と同様に洋画の基礎を学んでいた。

 教員達の語る「光が当たった結果現れるものは描かない」という話は、洋画の基礎とは噛み合わない性質を持っている。

 僕は何人かの同級生達へ、その疑問について語った場面はあったものの、感覚的に描くものを理屈で語ってみせても、みんな理解できないでいた。

 その話に対して、Gだけは洋画を学んできた経緯から、多少の理解は出来いる様ではあった。

 だからといって、理解してもらおうと話していくと、僕とは同様に、大学での指導に疑問を持つようになり、教員達との関係を悪くしていくかもしれない。

 

 Sについても、大学入学前は美術系の高校にも通っていて、日本画も高校時代から学んでいた人物である。

 S(男子生徒)やToから何かを教わらなくても課題の制作には困らない立場で、同級生間で作っている幾つかのグループにも参加せず、おかしな流れにもついていけないでいた。

 Sがそういう存在だから、僕は彼女の立場の心配を気にせずに話しかけることができて、それで仲良くして貰っていた。

 僕は他の女の子達から話しかけられても、絵を教わる問題やグループ等の問題から先々の心配をして、愛想のない返答しかしなかった。

 そして、僕と仲良くすると、彼女達にも迷惑をかけていく様に考え、積極的には仲良くしようとしなかった。

 そういう僕の素行面から、S(女子生徒)は恋愛的な意味合いで僕に好かれている様に思っていた様だが、僕としては、それとは少し違う考えだった。

 

 Toが僕との関わりを避け、色んな処で僕の悪口を語るようになってから。

 同級生の男子の殆どが、毎日僕の悪口を語って盛り上がり「あいつには友達がいない」「惨めな奴だ」と批判してくる。

 そんな話題がなぜそんなに楽しいのかわからないが、その同級生達の批判は、大学卒業まで終わることはなかった。

 僕としては、日本画よりも彫刻をやっている生徒の方が友人は多かった。

 浪人時代に、一緒に受験を頑張ったIという人物も、僕と同じ大学の彫刻科にいた。

 そのIを通して、彫刻家の同じ学年の友人が増えつつあった。

 それから、大学へ入学してから早い時期に、僕は柔道のサークルに入った。

 そのサークルの面子は、みんな彫刻科の生徒であり、サークルの中心になっているEという先輩は、かなり喧嘩早い人でもあった。

 それでも僕には親しくしてもらえ、そういう関係から彫刻科の友人ばかり増えていった。

 だから僕は、授業中でなけば彫刻科の人と一緒の場面が多い。

 その場面で、特にK(男子生徒)やそのグループの面子が、僕や彫刻科の友人や先輩等に聞こえるように「あいつ等もバカっぽいな」等という発言を始める。

 こういう事情の断片を知ったE等は「そういう奴らは、おれが片っ端からボコボコにしてやるよ」と意気揚々と語る。

 僕は「そういう方向に持っていきたくないので、お願いですから止めてしてください」と押さえてもらう。

 そんな状況の流れを見ていることで、僕は数少なく出来た友人関係からも離れた方が良いと考えていく。

 この件が関係して、僕の学年だけは日本画と彫刻の生徒の仲は悪く、その原因は僕の存在にあった。

 

 そんな流れから、僕は日本画の同級生であるGやSに「僕とは関わらないで、みんなと仲良くした方がいいよ」と言って、友人としての関係を絶ってしまう。

 柔道のサークルも「これ以上の迷惑はかけたくないので、辞めます」と言って退会した。

 彫刻科の友人達にも、僕が日本画内でおかしなトラブルが起こり孤立していると話し、迷惑がかかるから、僕の相手はしない方がいいと伝えた。

 僕がそう言っていても、彫刻科の友人や先輩に関しては、気を使ってそれ迄と同じく接してきた。

 それ迄どおりにいられなかったのは、僕の方である。

 

 僕が孤立に向かって動いてしまうことも、傍目にはおかしな行為だっただろう。

 でも、日本画の生徒達が険悪な流れで動いているなかで、そこに賛同するか黙って見過ごす生徒しかいないという状況にも、僕はおかしいと感じていた。

 こんな状況に対して、友人や同級生として「おかしい」「そういうことは止めなさい」と発言できる人が居たならば、僕は孤立という方向には向かわなかったのかもしれない。

 そして、そういうことへこんな風に考えて口を出してしまう僕だから、 必然的に孤立へ向かったのだろう。 

 

 人間関係で、誰と誰が仲良くするとかしないとか、そんなのは個人の勝手だと思う。

 人にはそれぞれ、合う人や合わない人もいる。

 誰とでもわだかまりなく、皆と仲良く出来る人もいるだろうけれど。

 色々な人や考えをもつ人がいるのだから、合う人や合わない人がいることこそ、当たり前の様に思う。

 しかし、これ以降は「皆と仲良く出来ない」という批判で、僕の人格や人間性の批判なんかもされていくし、後々には教員たちも一緒になってやってしまう。

 特定の人の集まる集団のなかで、誰かが孤立しているという状況は、この場面では僕だけが笑われていたけれど。

 場所や人が変われば、孤立している者を笑う者や、孤立をさせている者達こそ、様々な意味合いで疑われたりもする。

 そういうことを、二十歳前後の生徒や、教育を行う大学の教授・助教授という立場の者であっても、悪乗りが過ぎると物事が見えなくなってしまう。

 人の動きや集団心理というのは、こういうものなのかもしれない。