絵と猫とぐだぐだ

雑記ブログです。趣味で絵を描いています。漫画やイラストなども含めて、幅広く絵の好きな人に読んで貰いたいです。

美大での人間関係1 No.22

 ここからの話は、時期的な流れからは少し狂い、前回までに書いた内容からは前後していく。

 これまでは、入学してから静物画の制作までに起こった話を書き綴ってはきたけれど。

 そこまでの出来事でも、まだ書ききれていない事柄は幾つもある。

 大学での交友関係と、僕の学んできた絵画の基礎や、それに連なる話など。

 取り敢えずは、同級生達との人間関係の話を書いていくことにする。

 

全体の動向

 同級生間で最初から存在感を表していたのは、Taだと思う。

 大学へ入学する前から、日本画画家から絵を学んでいたと語っていて、性格的にも勝ち気なところがあった。

 Taの絵は、他の生徒達よりも描き慣れて経験も持っている感じはあったけれど、大学入試で求められるようなデッサンや水彩絵具の扱い・訓練的なものは、あまりやってこなかった様に見える。

 Taの絵を見ていて、僕も浪人時代を経験しないで(絵画の基礎を学ばずに)大学へ入学してきたなら、似たような感覚を持って絵を描いていたのかもしれない…そんな共感の様な理解の様なものを、僕はTaの絵に時折抱いてはいた。

 しかし、Taは大学入学前からの日本画経験者ということで、たぶん善意で、同級生達に日本画の事を教えまわっていた。

 K先生(女子)は授業のなかで「経験者に教わらず、解らないことは聞きに来てください」と何度も繰り返し発言していた。

 その事から、僕はTaの様な日本画経験者から教わろうとはしなかった。

 同時に、Taはナイフが好きだとも語っていて、大学にもサバイバルナイフを持ち込み、よくアトリエ内で刃を研いでいた。

 刃を研ぎながら「通勤中に絡んでくる変な奴がいたら、これで脅してやるんだ」等とも語る。

 そうやってナイフを持ち歩き、いつでも取り出せる準備をしていると自慢していることや、勝ち気な性格等から、僕には恐い気もしていて近寄れなかった面もある。

 僕は中・高校生の辺りで、柔道とボクシングを噛ってはいたが、基本的にはボーッとした大人しい人間である。

 変な揉め事に巻き込まれたり、喧嘩の仲裁をお願いされて対応したことはあるが、誰かに喧嘩を売られても買う場面など殆んどなかったと思う。

 そういう性格面で、Taとは合わなかったのもあっただろう。

 教員・生徒達の持つ認識としては、Taがこの学年のなかで1番上手に絵を描ける存在だったのではないだろうか。

 それとは対照的に、僕が1番下手だという認識も、誰もが持っていたのだろう。

 それでも漠然としたいつか、Taとも絵について語り合える日も来るだろうと思い、そういう時を楽しみにはしていた。

 

 

 それからS(男子生徒)という人物も、早い内に存在感を出していた。

 3か4浪して大学へ入学してきた人物で、絵画の基礎と言われるものは、それだけ繰り返し反復して学んできた者ではある。

 僕も1年間は浪人生活を送り、洋画・彫刻・デザインを先行する浪人生を多少は見てはきた。

 この辺りの話は、僕の偏見ばかりかもしれないが。

 多浪する人は、とても技術に優れているか、途中からあまり成長しない人に分かれている様な気がする。

 美大・芸大のなかで一番の難易度が高いと言われる東京芸大では、5浪や7浪して入学してくる人も珍しくないと聞く。

 その事情に関しては、入試の難易度が高くなり過ぎて、力があっても入学できない背景がある。

 そして、入試で求められている力を持っていることを前提として、多浪している受験生は、多少優遇して合格させているという噂もある。

 その噂も確証のない噂でしかないのだが、そういう噂も意識のなかに置いて、浪人生活を頑張ろうとする人も多くいる。

 そういう人達のなかで、成長が止まっていて、端からは判っていても自分では解らない人も多い。

 僕がS(男子生徒)の絵に対して思うのは、受験絵画として教わる構図や色調的なものをある程度は把握しているが、その反復や延長で絵を描いてしまっているのではないか。

 自分が描きたいと思っているものが感じとれなくて、大学の教員達の好む絵の範疇で、辺り外れもなく上手くやっているように見えていた。

 このS(男子生徒)の絵では目立った存在感を感じないのだが、彼は世話好きな性格なのだと思う。

 教員達と上手く会話をし、本来は教員達がやるような雑用関係まで、S(男子生徒)は協力し変わってやろうとする。

 こういうS(男子生徒)のお節介的な面を、生徒間では、便利と受けとる者と嫌がる者とで分かれていた様に思う。

 

 このTaとS(男子)は、入学してすぐに仲良くなり、教員達にとってはとても便利に動き、信頼も受けていく。

 授業のなかで、教員達の教えることが説明不十分だった場合、その教員が教室を去った後から、TaとS(男子生徒)は自分等の解釈で説明を始める。

 彼らと仲良くなかったとしても、その説明は教室に居るだけで聞こえてくる。

 それでみんな解った気になってしまうし、多くの者は、困ったら彼等が教えてくれる・助けてくれると認識する。

 しかし、授業のなかでK先生(女子)は「経験者に教わらず、解らないことは研究室へ聞きに来てください」と生徒に言い聞かせている。

 この状況から、僕は研究室へ行き、K先生(女子)に質問を持ちかける。

 その研究室ではK先生(女子)は対応せず、代わりにS先生とA先生(女子)とで対応するが、いつも適当な対応であることと「教室の経験者から聞けばいい」という言葉までかけられる。

 その矛盾に納得いかず、僕は諦めずに質問を繰り返す。

 そのことにS先生とA先生(女子)は怒り、雑な返答をする様になっていく。

 それを見ている生徒達は、教員達へ質問を持ちかけないし、僕を「惨めな奴だ」とバカにし笑ってしまう。

 こういう流れなのだ。