絵と猫とぐだぐだ ~髙木元就

雑記ブログです。趣味で絵を描いています。漫画やイラストなども含めて、幅広く絵の好きな人に読んで貰いたいです。

テッポウユリ2 No.15

誤解に対する意識

 僕はこの美術大学で、誰に見られても恥ずかしくない勉強をするつもりで入学してきた。
 他人からどう見られるかとか、目立って恥ずかしいとか、そんな目先の小さなことで大切な学ぶ機会を失う訳にはいかない。
 K先生(女子)やS先生やA先生(女子)が持っている僕に対する認識は、全く絵のことをしらない素人であるか、大学の指導や教員を馬鹿にしているものであるか、どちらかであろうと口にしていく。

 それを聞く同級生達も連動して、その両方だと信じていく。

 僕は、大学の指導や教員達のことを馬鹿にはしていないし、絵に対しても、必死に取り組もうとしていた。

 そんなおかしな誤解も、何かの切っ掛けさえあれば、すぐに解り合えると信じていた。

 同級生達と解り合うのは、教員達と解り合った後になるだろう。

 時間はかかるだろうが、絵を志す者通しなのだから、入学して半月程度で起こったことなど、漠然としたいつかは解決するとも信じていた。

 

りんごの絵

 課題は、テッポウユリの写生から日本画制作に移行する。

最初の課題では、生徒へ様々な事を段階的に教えていく関係上だと思うのだが、期間はひと月ほどの時間を設けていた。
 だから、手順や勝手を知っていれば、一週間もかけずに出来てしまう制作内容でもある。

 このことをK先生自身も語っていて、
「課題以外でも絵を描いて学びたい方は、りんごの絵を書いてください。描いてきたら、課題でなくても見ます。」
 等と教室の生徒たちに話す。

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https://www.ajfarm.com/1893/

 たぶん、この時にりんごの絵を描いていたのは、僕だけではないだろうか。

 同級生との関係も険悪になっていたから、僕がそういう人がいることを把握していないだけなのかもしれないが。

 K先生の「りんごの絵を…」という発言を切っ掛けに、僕は何度も水彩画やデッサンを描いては、研究室へ持っていく。

 たぶん、そういうことを十回くらい繰り返したと思う。

 その時も、僕は必ずK先生を指名して取り次いで貰う様にお願いするが、取り次いでは貰えない。

 毎回、僕の対応をするのは、S先生とA先生(女子)である。

 S先生やA先生(女子)は、K先生が生徒に「りんごの絵」の話をしているのを知らない様子だった。

 そのせいだろうが、はじめの内は僕の絵を見て
「突然こんな絵を描いてくる感性が独特で、理解できない」
「こんな絵を描くよりも、今の課題に集中しなさい」
 等と、遠回しに馬鹿にしている様に感じ取れる発言が耳につく。

 そうして最後の辺りでは、「課題以外の絵を持ってくるのは止めなさい」「K先生はあなたのことを物凄く怒っているから、K先生に質問をするのは止めなさい」等と叱られる。

 そうして、僕はK先生へ質問や描いた絵を持ちかけることを止めてしまう。

 K先生が教員間で、僕を毛嫌いしている話をしていることや、こちらが何度質問を持ちかけても一切対応しないのに、授業内では「解らないことがあったら、研究室に聞きに来てください」等と発言してしまう行為など、おかしいではないかと不満も持つ。

 そんなことで、時間の経過と供に、僕はK先生への不満や嫌悪感も募っていた。

 そんな考え方をしてはいけないと、ずっと自分で自分に言い聞かせてはいた。

 それでも、僕は誤解らしきことでいつもK先生には叱られていた。

 それ以外の普通の言葉のやり取りさえ、したこともない。

 そういうこともあり、僕は次第に、K先生の顔を見るだけで嫌悪感が沸いてきて、授業中でもK先生には話しかけなくなっていく。

 

テッポウユリ日本画制作

 繰り返しの話となってしまうけれど。

 テッポウユリのデッサンや写生など、最初は普通に行っていた。

 そこから「光が当たった結果現れるものは、

一切描かないでください」という言葉が出てきて、その意味合いを正しくは理解出来ず、僕は教員達へ何度も質問をする。

 でもその質問は、いつも適当な話ではぐらかされる。

 例えばここで、

日本画には影はありません。床に映り込むような影のかたちは描かないでください」

「陰影という言葉あって、そのうちの陰は描きますが、影は描かないのですよ」

 といった言葉を選んでいたり、こういう解説があったなら、僕は納得していただろう。

 でも恐らくS先生やA先生(女子)も、この日本画の影については論理的に理解はしておらず、何となくで解釈したまま美術大学の教員になったのだと思う。

 だから、質問を受けても答えられず、はぐらかすことしか出来なかったのだろう。

 それでいて、自分等でもわからないということを受け入れられず、受けた質問には対処したという形式ばかりで片付けてしまう。

 それは、根本的な解決や生徒の為の指導ではなく、教員の都合や便宜上によるものになっている。

 この当時、この『日本画には影がない』という問題についての僕の質問に対して、教員達は、毎年入学してくる日本画の生徒達を長年見てきたけれど、誰一人として、ここで疑問に思う生徒などはいなかったと言われている。

 しかし、僕が過去にアメーバブログで記事を書き綴っていたとき、僕のブログを覗く人の半分くらいは『日本画 影』といったキーワードで検索した人達になっている。

 僕のブログを見る人なんかは僅かな人数でしかないけれど、毎日数十~多い日で400くらいのアクセス記録がついていた。

 この日本画の影について、疑問に思う生徒は全くいないと美術大学の教員達は口にしていても、毎年このキーワードを検索する人は一定数以上はいる、ということをここに書いておく。

 僕の美術大学での躓きは、ここからだった。

 

生徒間で教え合う行為

 入学した最初の月に、K先生は何度かこういう話もしていた。

 『これから日本画の基礎について教えていくのですが、この基礎については、生徒間で教え合わないでください』

 この話の具体例もあげていて。

 K先生が芸大に入学して、日本画で扱う膠という絵具の接着剤を何気なく作っていた時に、芸大の先生から強く叱られたという。

 K先生は、膠を水に浸してふやかし、それを暖めて溶かしていた。

 でも、芸大の指導のなかでは、膠と水の分量を測り、その分量を湯煎して時間をかけながら溶かしていくやり方を指示していた。

 K先生は大学へ入学する前から日本画を学んでいて、日本画のことをある程度は知っていたけれど、大学で順をおって教えていく流れには沿っていなかったという話だ。

 僕のいるこの日本画の教室内でも、大学へ入学する前から日本画を学び、描きかたを知っている生徒は何人かいた。

 そういう生徒から日本画の描きかたを教わってしまうと、大学でこれから教えていこうとする基礎とで食い違いが起きてしまう。

 大学入学前から日本画を学んできて、色々と知っている生徒も、この大学ではこの大学で教えていくことを基にして、日本画を学んでいってください。

 こういう説明を、生徒全員が最初のあたりで受けていた。

 

 そうであっても、生徒間で教える行為は、最初の1~2ヶ月、日本画の絵具を扱い始めるあたりから始まっていた。

 同級生で、日本画画家から絵を教わっていたというTaと、4浪したというSの2人が、この頃から過剰にまわりへ教えていく。

 後になっての話ではあるが、S先生は僕に対して「俺たちの所に聞きに来ないで、TaやSから聞け」という発言も始める。

 それでも、僕はそんなS先生の指示よりも、K先生の言葉を選び、同級生には教わらずに教員達の所へ質問しに行った。

 そうやって、教員達へ質問をして耳を傾けるほど「人の話を聞かない」等とも批判されていった。

 教員達は大雑把に教えて、教員から信頼されている生徒が同じ学年の生徒達に教えていく、というかたちで、教育や指導で楽をしようとする傾向にある。

 この頃の動向から考えると、既にそういう促しもしていたのかもしれない。

 勿論、K先生が逆の発言をしていることは、S先生やA先生(女子)も知っていながら、K先生のいないところでそういう促しを行う。

 教員単位で、こんな感じで矛盾したことをしていても、その矛盾のなかで上手くやれる生徒や、何もものを言わない生徒こそが、可愛がられる生徒になる条件でもあることも、時間の経過と供に薄々と感じ取れてはいた。

 そんなことを薄々と感じ取っていながらも、僕は教員達に可愛がられる良い生徒であることよりも、絵に打ち込んで、良い絵を描く生徒でありたいと考えた。

 だから、教員達から誤解を受けたり好かれないという状況は、この頃はあまり問題視していなかった。