絵と猫とぐだぐだ

雑記ブログです。趣味で絵を描いています。漫画やイラストなども含めて、幅広く絵の好きな人に読んで貰いたいです。

美大の始まりと違和感 No.12

 実際に美大に入学して、思っていたものやそれまで聞いてきたものとの違いを感じてしまう。

 大学生活を送るうちに感じていくのではなくて、最初から何かがおかしいと感じ、戸惑ってしまう。

 今回は、そんな話。

 

美大の授業のはじまり

 美大の授業が始まって最初の一週間程で、僕は、気のせいではなく、何かがおかしいという考えが過る。

 

 大学の最初の課題は、テッポウユリの写生と細密描写だった。

 モチーフはまだつぼみ状態で、各生徒に一本ずつ配り与えられていた。

 その一番最初の課題の制作途中で、日本画の非常勤講師のK先生が、教室の生徒全員に対してこんな発言をする。

日本画では、光が当たった結果現れるものは一切描かないでください」

 この言葉が、僕の最初の戸惑いと躓きだった。

 この言葉を、僕はどう受け取ったらよいのだろうか。

 言葉通りに受け取った場合、それでは絵は描けない。

 だから、抽象的な意味をもって語っている言葉なのだろう。

 そのために、「光が当たった結果現れるもの」とは、どこまでを指して語っているものだろうと考えてしまう。

 僕は、それまで必死に絵画の基礎をやってきた訳だけど、僕の学んできた基礎とこの言葉は統合できない様に思える。

 美術大学で、日本画の生徒はひと学年で20人だったと思う。
 その教室のなかで、『光が当たった結果現れるもの』という言葉に疑問を持ったのも、僕一人だけだった。

 そんな処に疑問を持つ者など、教員達が日本画を学びはじめてから今に至るまで、一人さえ居なかったのだという。

 まわりの生徒たちの誰もが疑問に思わないことも含めて、僕は考え込んでしまう。

 まわりの生徒も教員たちも、そこに悩む僕という存在への疑問を持つ。

 一部の同級生たちは、そんな僕を指して「あいつはアタマがおかしい」「力もないのにまぐれで入試を通ったやつだ」などと語り始める。

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テッポウユリ - Wikipedia

 大学受験の訓練の処で、僕は洋画の先生に絵画の基礎を教わってきた。

 逆にそれまで、日本画をやっている人に接したことはない。

 原因はそこだろうか。

 大学入試の為の基礎勉強の時点で、日本画の先生に教わらないと解らないことがあって、これがそのひとつなのだろうか。

 教員たちは生徒に対して、「解らないことがあったら、何度でも解るまで聞きに来なさい」という言葉をかけている。

 だからこそ、僕は授業内で「言っていることが解りません」と言って質問する。

 授業の前後でも、僕は日本画教員たちが待機している研究室(職員室の様なもの)へ、何度も質問へ出掛ける。

 教室ではK先生がその「光が…」と発言をしていた為、僕は何度もK先生を名指しにして質問を求めていた。

 それなのに、なぜかK先生は僕の質問に対応してくれず、一年生の担当教員であるA先生(女子)と二年生の担当教員であるS先生が対応しようとする。

 因みにS先生とA先生(女子)は、どちらも助教授という立場である。

 このA先生(女子)は、僕がK先生に「わかりません」と言っているやり取りをアトリエ(教室)に居て見ていながら、その過程を無視し、僕の質問への返答をはぐらかしてくる。

 こちらが質問の内容を理解してもらおうと、細かく話をしようとする程、S先生とA先生(女子)は面倒臭がり、「君はその程度のことも解らず、力もないのに入学してきてしまった」「頑張っていれば、そのうち解る」という方向へ話を持っていき、こちらの話を聞かないで結論を出そうとする。

 

 こんな状態が始まったのは、美大に入学してから1~2週間ほど経過した頃のこと。

 このことを契機に、一部の同級生は、僕を極端に毛嫌いして遠ざけていく。

 

絵画における光

 絵画の基礎勉強は、デッサンから始まることが大半ではないかと思う。

 とはいっても、これは教える人にも依ることかもしれない。

 それでも、西洋絵画の写生の基礎は、光を捉える処からはじまる考えを持っている。

 物は光が在るから色を発し、形や質感等も現すのである。

 例えば、デッサンを学ぶ初歩の話として、白いモチーフを黒い鉛筆で描かせながら、光の流れや影を意識するようにする。

 それから、光や影だけではなく、モチーフの形や色や質感も意識して描くいくように、訓練していく。

 そんなことを書かれている絵画の基礎についての本を、僕は高校や浪人生活をしていた頃に、何度か読んでいた。

 予備校でもそう学ぶ場面はあったし、それを信じてやってきた。

 そういった僕の考えや経験したことを語るほど、僕の話や質問の内容に耳を傾けなくなっていく。

 

 この大学の教員たちも、浪人時代から聞いていた「いつまでも、受験用の絵を引きずっていては困る」という言葉を、やはり生徒へ語り聞かせていた。

 僕の質問や躓きと、教員達の語るこの言葉までもが混同され、S先生やA先生(女子)から「今まで教わってきた、そんな程度の低いことなんか忘れろ」等とも言われていく。

 それ等の事柄やかけられる言葉が、僕にはどうしても納得いかない。

 

 大学へ入学して、たった1~2週間ほどで、僕は教員や同級生達から不信感を集める存在となった。

 それでも僕は諦めず、同じ様な質問を繰り返していき、そのことで明らかな暴言もかけられ、その暴言もエスカレートしていくことになる。

 そんな嫌な話の数々が、これから書き綴っていく話の中心にもなっていく。