絵と猫とぐだぐだ

雑記ブログです。趣味で絵を描いています。漫画やイラストなども含めて、幅広く絵の好きな人に読んで貰いたいです。

『銀河英雄伝説』オーベルシュタインの話

銀河英雄伝説を読んでいたとき、最後の辺りはオーベルシュタインのことを考えてしまいました。

 

 帝国軍のラインハルトに使える将校達で、皆が嫌い考えも合わずにいたオーベルシュタイン。
 オーベルシュタインの提案はいつも正論なのだが、人道的にも、まわりの共感を得られないものばかり提案してくる存在でした。
 それでもオーベルシュタインは有能な人材で、ラインハルトの大切な人物の命を落とす切っ掛けを作りながらも、ラインハルトは最後までオーベルシュタインを部下として使い続けました。

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画像元http://liontan.web.fc2.com/111223.html

 

 銀河英雄伝説の物語の前半で、自由惑星同盟軍が帝国軍の領土へ攻め行った時。

 ラインハルトはわざと自領地の人民を飢えさせ、自由惑星同盟軍へ資源的な救助をさせました。

 そして、資源の補給関連で自由惑星同盟軍を飢えさせた上で、帝国軍は戦いを仕掛けていきます。

 ヤン・ウェンリーはその戦いかたに対して「ラインハルトの様な戦いかたは、自分には出来ない」と述べていました。

 そのラインハルトですら、オーベルシュタインの出す提案は、合理的でありながら何度もドン引きしていたのです。

  その辺りから考えると、オーベルシュタインが作戦を考えて戦っていたなら、戦術・戦略の両面的にも最強だったのではないかと思うのです。

 ですから、帝国軍のどの将校にとっても驚異だった、自由惑星同盟軍のヤン・ウェンリーとでさえ、オーベルシュタインは優位に戦っていけたのではないでしょうか。

 

 銀河英雄伝説の有能な将校達は、殆どが卑怯な手段を選択しようとはしません。

 特に、ラインハルトの親友であったキルヒアイスは、誰からも好かれる人物で、戦いでも犠牲を最小限に抑えながら効果的に勝利を納める理想的な将校でした。

 ここでの卑怯は、ヤン・ウェンリーの様に、逃げてばかりでも最終的には勝つ、という様な戦いかたを卑怯の範疇に入れない前提ではありますけれど。

 しかし、実際の戦争というのは、卑怯な戦い方なども数えきれなく行うものであり、その辺りは作者も認識して書いている前提はあるでしょう。

 

 こういう話を持ち出したはというのも、僕自身、ここ10年くらいは「どう頭を使うべきか」と考える場面も増ました。

 そのことで、何かと本を読んだりネット検索した動機と、この問題は近いところで重なっている様に思えるからです。

 

 僕の人生のなかでは「手段を選ばない・卑怯なやり方をする人には、勝てないのかなぁ」と思ってきた場面は、数えきれないほどありました。

 「世の中は甘くない」等と言われることも、殆どの人が経験しているのではないでしょうか。

 それで納得のいかない状況に持っていかれても、自分はそういうことをしない戒めとして、納得のいかない状況に我慢する訳です。

 これが仕事となっていくと、そうとばかりは言ってられず、身を守り・成果を出していく為には、戦っていく(努力する)場面も出てきます。

 それでも僕は仕事のなかで、何度も考えて葛藤してきました。

 少しでも成果を上げようとするなかで、どうしてもズルが絡んでくることがあります。

 どうしてそのズルをしないのか、上司から遠回しに叱られる場面も数えきれないほど経験もしてきたつもりです。

 それでも、ズルをしないことを積み重ねることこそ、強みになることもあり、僕はそういう戦いを会社内で選んできました。

 それ故に思い、考えてしまうのです。

 まぁ、会社内の戦いなんて、命をとられる程のものではありませんけどね。

 

 銀河英雄伝説のはじまりの辺りで、帝国軍に攻められて危機的状況にある自由惑星同盟は、民間人を残して撤退しようとします。

 その時にヤン・ウェンリーは、その撤退しようとする自軍を囮にして、民間人達を逃がしていきます。

 この囮にされた上官からは、後々にヤン・ウェンリーは逆恨みによる報復も受けます。

 しかし、手段を選ばない群衆のなか、絶望的な状況下で、悩みながらも良心的な行動に向かい、状況を打開していけるヤン・ウェンリーの活躍に、銀河英雄伝説のファンは支持しているのではないでしょうか。

 

 それでも、上手くいかないことの方が多い世の中です。

 銀河英雄伝説の物語のなかで、良心的な考えを持っていることなど関係なく、多くの人が亡くなっていきます。

 物語の主要な人物と思っている将校も、簡単に亡くなっていきました。

 その辺りで珠に、物語としての都合を感じてしまう場面もありますけど。

 

 そのなかでオーベルシュタインだけは、手段を選ばない冷酷な判断を下しながら、最後の戦いまで生き延びていました。

 「手段を選ばない」とか「冷酷」などとはいっても、オーベルシュタインは私利私欲で動くことはなく、誰かを犠牲にする提案を出す場面であっても、その犠牲の対象は自分になっても構わないという覚悟も同時に持っています。

 オーベルシュタインの作戦がうまく行かないのは、その作戦が悪いのではなく、味方側がその作戦を認めないために、実施されなかったり中止されていくわけです。

 

 僕の人生のなかで、手段を選ばず身勝手に動く人は、どこかでボロを出たり、自分の首を締める様な状況に行き着くのを見かけます。

 しかし、そういう人達が、ボロを出さずに自分の首も締めない様な鉄壁さを持っていたなら…そんなことを、オーベルシュタインを見ていて考えてしまうのです。

 

 もし、このオーベルシュタインがヤン・ウェンリーと軍事的に戦っていたなら、ヤン・ウェンリーも無惨に破れていたのではないか。

  銀河英雄伝説の物語のなかで、このオーベルシュタインこそ最強だったのではないか。

 そんなことを考えてしまいました。