絵と猫とぐだぐだ ~髙木元就

雑記ブログです。趣味で絵を描いています。漫画やイラストなども含めて、幅広く絵の好きな人に読んで貰いたいです。

パチンコ店での勤務1 No.121

班長という役職

 パチンコ店に入社してから、僕はよくネット検索をした。

 僕は、自分が愚鈍な人間であることは認識している。

 そんな自分であっても、少しでも仕事に関することを把握し、前進するように考えた。

 例えば、僕が画家として絵を描くという行為を仕事に置き換えて考えた場合、少しでも情報を収集したり、勤務時間(8時間)を越えて頑張ることなんかは、当然のことのように思う。

 絵を描く環境を整える為、少しの間、絵に対する情熱をこの仕事に向けている、という意識で仕事に取り組んでいた。

 

 少し脱線した話になるけれど。

 職場の休憩所には、いつもパチンコ業界誌が無造作に置いてあった(必勝本の類いではない)。

 その業界誌は、パチンコ店の役職者や経営者向けのもので『良いことも多く書いてあるので読みなさい』という意味合いで、休憩所へ置かれていた。

 そんな感じで置かれていても、そんな雑誌を読もうとする人は、誰もいなかった様に思う。

 でも僕だけは、その雑誌の情報が自分の仕事のプラスになるかもしれないと考え、よく読むようにしていた。

 その雑誌のなかで、ホールスタッフ仕事始め読本という本を執筆した人の記事を見つける。

 その著者の話では。

 昔から、パチンコ店の従業員というのは、接客業のなかでは格下に見られるという傾向にあり、パチンコの業界全体的にも接客をしっかりさせ、その流れを変えたかったという。

 その記事を見てから、僕はすぐにこの本を取り寄せて、パチンコ店に勤務していた頃は数回ほど読み返していた。

 なかなかいい本で、パチンコやスロットのことを知っていても、パチンコ店の営業という観点で考えると、知らないことばかりだと感じる。

 接客のことからパチンコ店の事情まで、しっかりと書いてある。

 細かな話では、営業時間の取り決め(例えば23時閉店など)が有るのに、なぜ稀に深夜帯まで営業できる店(日)があるのか。

 パチンコ店の経営に会社が3つ必要だと言われている、三店方式についての話、等々。

 僕はこの本を読んで、色々と勉強になったし、読んで良かったと思っている。

 パチンコ店で働く人は、こういう本を読もうとは思わないかも知れないけれど。

 当時の僕のように、パチンコ店での仕事を頑張ろう・少しでも前進したいと意欲的に思っている人は、1度は読んでもらいたい。

 

 そういう意識や頑張りが職場の評価に結び付いていて、僕はパチンコ店に入社してから半年で、班長という立場になった。

 

 役職者の入口となる班長になるということに、色々と迷いはあった。

 その辺りの話を、少し細かく書いていくと。

 僕に班長の話を持ちかけられる前に、会社から先輩従業員達に対して『役職者にならないか?』という誘いをかけていたらしい。
しかし、みんながそれを拒み、僕だけが役職者になる意思を示した。

 僕の本音としては、一番下の立場で責任も少なく働き、後は絵を描く時間を確保したかった。

 それでも、職場で直接的に接している従業員の殆どが、仕事に対してやる気がないことを自慢していて、そこに流されたくなかった。

 仕事は仕事でしっかりやった上で、自分の時間は大切にしたい意識から、役職者になることを拒まなかった。

 この当時、社長の息子であるS専務(といっても店長業務しかしていない)は、誰もが役職者になることを拒むことに「何で誰も役職者になろうとしないんだ」と怒っていた。

 そこには、パチンコ業界の事情や傾向も絡んでいる部分もある。

 

 パチンコ業界というのは、儲けてはいても、一部では信頼されていない業種でもある。

 パチンコ店の経営者の8~9割は外国人経営者で、その殆どが韓国人だと言われている。

 その韓国では、パチンコは国民の人生を狂わしてしまうという考えから、韓国にパチンコ店はない、とか。

 昭和時代のパチンコ店では、店の経営にヤクザが絡んでいたり。

 家出関係の行方不明者を探すと、それなりの割合で、パチンコ店の従業員のなかから見つかっていた時代があったり。

 政治家とパチンコ業界との繋がりや、その繋がりや利権を壊そうと考える政治家もいたり。

 こういった様々な問題を抱えている業界でもある。

 従業員として働いている者の統計上の話で、パチンコ店は一時的な仕事として考えていて、出世や役職者になることを望まない者も多いと言われている。

 

 今にして思えば、この当時の先輩従業員達の動向も、実は必然的なことだったのかも知れない。

 少しこの会社の事情を追加して語ると。

 サービス残業があったり、有給休暇を取得させないきまりがあったり。

 役職者達は従業員のプライベートな問題に口を出しすぎていたり、(コミュニケーションのつもりでの)セクハラがあったり。

 そういった部分で、殆どの一般的な従業員達は、この会社のことをよく思ってはいなかった。

 (一応の補足をしておくが。多くのパチンコ店は、待遇や職場環境はここまで悪くはない。)

 

 そういう背景もあり、僕が班長になると同時に、先輩達は僕へ対立姿勢を持つ。

 その先輩従業員達は、会社の幹部達に対して波を立てないように接し、腹の底ではいつも怒っている。

 だが僕という存在は、会社の歴は浅く把握している仕事も少なく、後輩という立場からも文句やいいがかりもつけやすかった。

 僕は上司という立場でありながら、部下(先輩従業員)達の不満や「いつか会社に報復してやる」という意思なんかも知っていたもので、邪魔な存在でもあった。

 僕は班長になったことで、次第に仕事を増やされていくのと同時に、先輩従業員達の手抜きや(屁理屈等による)仕事の押し付けなんかもあり、毎日が失敗続きとなる。

 そのことで、上司や部下(先輩従業員)からも責められ、その罰として、勤務時間を増やされたり仕事を家に持ち帰らされたり、無駄な休日出勤を強要されたり。

 会社で与えられる休憩時間なんかも、とれる時なんか殆どなく、飯を食う以外はずっと何かしらしていた。

 家に帰ってからも、会員メールや集客案の書類等を作るように指示されていて、そんな状況でも毎日絵を描こうとしていたりで、休日以外はほぼ毎日寝不足が続いていた。

 これはパチンコ店の営業が忙しく大変だからではなく、一般従業員(先輩従業員)達からも評判の悪い僕が仕事で苦労している姿を、一般従業員達に見せる意味合いがあったのかもしれない。

 その反面、店舗の多くの営業時間では、上司達は遊んでいたり暇そうにしているのをよく見かけられていて、そんな風に僕を見ている者なんかはいなかった。

 勿論、残業代なんかも一切つかず、給与の総支給額は22万だったと思う。

 

 問題の先輩従業員達は、いつも上司達のいない処で上司達の悪口を言っているが、僕に限っては直接に文句をつけてくる。

 毎日ホールでは、僕と先輩達との険悪なやり取りを繰返し、従業員間のトラブル(怒鳴り合い等)は何度も起きていくのだが、それを毎回、僕の要領の悪さや経験不足だと片付けられてきた。

 そういうことについて、僕が上司や先輩従業員達に何かを言った処で、状況が好転するとは思えず、僕は僕のやれることを黙ってやるばかりだった。

 

先輩従業員達の退職

 ある日の事務所では、妙な空気が漂っていた。

 表向きの僕は、何も気付いていない振りをしていたが、労働基準監督署から是正勧告を受けた為に、上司達がその対処に焦っていたのだった。

 これは、先輩従業員達と新店舗のある人物とで協力し、上司達への報復として始めたものだった。

 でも、この報復の効果は薄かったと思う。

 その後にあったことといえば。

 雇用内容の改善をしたという内容の書類に、従業員一人に署名と判子を押させ、労働基準監督署にその書類を出しただけで、従業員の雇用内容は何も変わらなかった。

 それからもう一度、新店舗の方でも労働基準監督署から是正勧告を受ける。

 そっちに関しては、一般従業員の休日は月に4日だったのが5日に変わった。


 それから暫くして、問題の先輩従業員の内の4人が突然一斉に退職した。

 その翌日に、僕は社長からこんな言葉を掛けられる。
「みんな(先輩従業員達)お前のせいで辞めたのだから、新しい従業員が入社するまで、お前の休みは一切無しだ」

 そうして、本当に僕の休みは数ヶ月間なくなってしまう。

 それから数週間後、当時の事務員さんからこの件についての経緯を教わった。


  一斉に辞めたその先輩従業員達は、辞める数日前の夜に、S常務とS店長に対して職場環境に対する抗議をしていた。

 その抗議の内容は、従業員の待遇(労働基準法違反)や、S店長の不倫や、役職者達の従業員の扱い(暴言等)や仕事の手抜き、等々である。

 その内容に対する不満で退職する。

 数ヶ月間の猶予を持つから、それまでに店の事はどうにかしろ、と要求していた。
 その翌日、S常務は彼等(先輩従業員達)を一人ずつ事務所で説教した上で、「辞めるんだったら今すぐにでも消えろ」と言っていた。
そのS常務の言葉の通りに、翌日に彼等は会社に出社せずに退職していった。

 彼等の抗議の内容は手紙にもして渡されていたのだが、S常務とS店長はその内容で社長に報告することも出来きず、彼等は班長になった僕とのトラブルによって辞めたいう内容だけで社長に報告していた。

 実際に僕と先輩従業員達とは、何度も怒鳴り合いをやっていたし、店のホールの真ん中で胸ぐらを掴み合って殴り合う直前までいった場面も何度かあり、その記録の数々も店内の監視カメラに収まっていた。

 僕が柔道の有段者であることも、暴力的でいつもトラブルを起こす存在へと仕立て上げるには、丁度良かった。

 僕としても、こういうことで上司達の面子や手間が省け、助けにもなるのなら、これくらいの誤解や恥も目を瞑り貸しとしよう、と考えていた。