絵と猫とぐだぐだ

雑記ブログです。趣味で絵を描いています。漫画やイラストなども含めて、幅広く絵の好きな人に読んで貰いたいです。

制作時間 No.34

夏休みの宿題

 入学した当初から思っていたことだけど、僕の絵にかける制作時間は、誰よりも長かったと思う。

 大学側で、課題にかける時間に指定はないから、言葉の上では、いくら時間をかけて制作しても、期限内に提出すれば問題はない。

 この時間に関する問題で、一番痛手に思えたのは、夏休みの宿題だと思う。

 

 大学の夏休みは1ヶ月くらいあり、とても長いものではある。

 その夏休みで、絵の宿題は8個前後だされ、「しっかり書き込んだものを提出してください」という念押しもされていた。

 水彩絵具を使った植物の写生やら自画像やらだけど、記憶に残っているのは2~3個くらい。

 この夏休みの宿題を出された時点で、僕は大変だという気持ちで一杯だった。

 

制作時間

 絵を描かない人から見ると、絵画を制作する為の時間は、多くかけ過ぎだとよく思われる。

 美大・芸大の入試で行うデッサンや着色写生等の実技試験では、6時間~10時間といった時間をそれぞれに決めている。

 それだけの時間を設けても、実際の受験生側は時間が足りずに苦しんでいる訳で、それを時間内に終わるように訓練している。

 そして、時間に間に合うための訓練だけではなく、しっかり描き込む訓練もしているもので、1枚のデッサンや着色写生に20時間前後の時間をかけたこともある。

 そういう受験の為の絵の訓練を通過した上で、僕が自分の絵を考えると、まだまだじっくりと時間をかけて描く経験が必要だと考えていた。

 大学の授業で教えている日本画制作では、サイズの違いもあるのだけれど、1枚の絵を数ヶ月の期間を設けて描かせているもので、時間で考えると何十~百何十時間という時間を費やしている。

 日本画制作と水彩画制作では、かかる時間も変わってはくるけれど、しっかりと描き込んだ水彩画となれば、場合よっては日本画制作よりも時間はかかっていく。

 実際に、僕はこの夏休みはアルバイトをするか絵を描くかしかせず、それでも宿題は数点しか完成しなかった。

 正直な処、折角の夏休みに、なぜこんなに課題に苦しまなければならないのか(通常の課題制作よりキツい為)、疑問に思う。

この休みを期に、遠出して幾つかの美術館をまわったり、課題ではなく自分の為の絵も描きたかった。

 大学などが生徒に多くの時間を与えているのは、生徒が自分なりの勉強を選んで行うことだと、僕は思っていた。

 

 K先生(女子)がよく言っていたことで、「課題を課題だと割りきらないで、自分の為の制作として取り組んでください」という内容の発言を繰り返していた。

 だからこそ僕も、この宿題を通して、これまで以上の技術を身につける目的で制作に打ち込んでいた。

 ただ、僕は非常に鈍臭い人間で、夏休み中に宿題が終わる時間配分をしなかったし、受験から離れたこの時の自分には、この様な描き方が大切だと考えている。

 だから、自分が納得いくまで、1枚の絵に取りかかろうと始めた水彩絵具での自画像は、簡単に100時間を経過していった。

 時間は気にかけないと考えてはいたけれど、制作していた時間は測っていた。

 鉛筆で5~6時間かけて下書き(デッサン)を描き、そこから水彩絵具を使う。

 色を塗り進めて20時間ぐらいで、その色合いに納得いかなくなる。
 やり直そうか考えると、それまでにかけた時間が勿体無く思え、描き直そうか悩みながら描き進める。
 30時間辺りで、納得いかないまま描き進めるのが辛くなり、お湯を使って絵具を溶かして落とす。
 そして、絵具を塗り直していく。

 髪の毛の生え際も細かく見詰め、その一本ずつの位置や色等を丁寧に細かく描いていた。

 70時間を越えた辺りで、これだけの時間をかけて描いてる事は、恥ずかしくて誰にも話せないなと考える。
 そこから時間は測らなくなるが、何となくでも、百数十時間はかかっていることは判っていた。

 

 こんな描き方をしているものだから、夏休みを終えても数点しか終らず、同級生達の宿題の現状や、教員達の評価等から凹んだりもする。

 僕が見かけていた範囲の話になるのだけど、同級生達の提出物には、制作時間として4h(4時間)とか6h等と書かれていて、僕から見ると、しっかりと画き込んだものとは見れない。
 酷い人なら、夏休みを終えてから宿題に手をつけ始め、1枚に2時間程度の制作時間で終わらせている。

 課題の出題の時点で、時間の指定はなかったとしても、僕だけが極端な差のあることをしている事実があって、「やはり僕個人の考え方がおかしいのだろうなぁ」等と考えようとしてしまう。

 こんな感じで、ひとつひとつの課題に手を抜かず、じっくりとやってしまう為、その後の制作時間や気持ち等が圧迫される。

 そうして、やはりひと学年の後半では、手を抜かないといけない状況と焦りが生まれ、メチャクチャな絵を描くことになる。

 そんな風にしてしっかりと描いた課題も、直接言われる言葉はいつも散々なもので、「高木はいつも、何となくこんな感じ、で描いている(しっかりと描き込もうとしていない)。」「表面的に上手く見えるだけで、実際にはしっかりと描けてはいない。」等と言われるばかりだった。

 

 僕は誰よりも真面目にやっている自覚はあるけれど、自分がこれ迄に積み重ねてきたものや、持ち合わせている常識までもが、大学の教員や同級生達から否定されている様だった。

 だから、いま自分が遊びたい気持ちや怠けたい気持ちを抑えてやっていることまで、否定されバカにされている気持ちで一杯だった。

 それから、自分が努力をすればするほど、間違った方向に向かうばかりで、取り返しのつかない状況に突き進んでいる様な不安が、いつも少しずつ積み重なりながら付きまとっていた。